レオナルド・ディカプリオ主演「華麗なるギャッビー」を観て、男として大いに同感しました。

昨年タイタニックの3D版を観ました。

1997年の公開で映画は超ヒットした訳ですが、
主演のレオナルド・ディカプリオは、
この映画の色が抜けず、後に大苦労をしたようです。

タイタニック3D版のパンフレットを購入したのですが、
監督のジェームス・キャメロンのインタビューによれば、

主演女優のケイト・ウィンスレットとは、
交流があるがレオナルド・ディカプリオとは、
その後も交流が無いというような事が書かれていました。

一本の超大作をめぐり、その後の様々な確執というか
難しいことがあるようです。

さて、
それから15年ほど経ち、
気付けばレオナルド・ディカプリオさんも
御年38歳とのことです。

そんな彼の最新主演映画が本日ご紹介する、

「華麗なるギャッビー」

です。

原題は「The Great Gatsby」となっていて、
ちょっとニュアンスの違いを感じます。

「ギャッビー」という単語が気になりネットで調べたら、
どうも(この小説に由来する)人名のようでした。

小説「The Great Gatsby」は1925年(昭和元年)に
出版された当時のベストセラー小説で、
その後も何度も映画化されているようです。

映画のストーリは、
毎週末豪華なパーティーを開く、
謎の人物「ギャッビー」氏の生い立ち、
パーティーを開く謎、
はかない恋、
そして不幸な結末。

そういったものを表現しています。

本編上映の前にティファニーのCMが入り、
映画で用いられるアクセサリーに協力している
ことを知りました。

ティファニーが銀細工の店であることは
もちろん知っている訳ですが、
それだけではないブランドの歴史を知りました。

他にも、
ブルック・ブラザースがこの映画の衣装を
担当していることを、
これは事前のラジオ情報で聞きました。

私個人的に、
少し昔のアメリカなファッションに
興味があるものですから、

この映画を観た一番の理由は、
ディカプリオはじめとする俳優さんの、
洋服というかスーツの着こなしを見るためでした。

ところが
映画を観て驚くのは、

これが戦前(日本だと大正から昭和)のアメリカか!!

と驚く豊かな暮らしや近代的な建物です。

もちろん都市の一部の限られた大富豪の生活ではありますが、
おそらく今時の日本でも想像も付かない暮らしが
スクリーンの中に映し出されます。

特注の自家用車や、
プール付きの大豪邸、
飲んで、食べて、歌って、踊って、
そしてプライベート花火です。

その一方では、
そういいった派手な暮らしのを支える発電のため、
石炭労働者などが近くの下町に住んで、
顔を真っ黒にして働いています。

日本では感じられない、貧富の差が垣間見えます。


物語は、
ディカプリオ演じるギャッツビーの友人である、
ニック・キャラウェイが、
後に精神病(?)となりカウンセリングをうける際に、

何か書けば気持ちが落ち着く。

とお医者さんに言われ、
昔話を書き出す形式のドラマです。

ギャッツビーは、
地方の貧しい農家に生まれ、
豊かになろうと一人家を出ます。

あるとき、
海で遭難しそうになったイギリスの大富豪を助け、
彼のもと5年間一緒に暮らします。

大富豪との暮らしの中で、
英国紳士の作法を身につけました。

大富豪は亡くなり、
再び一人一文無し生活に戻るのですが、
その後軍人となり、
英国紳士としての作法を持つ彼は、
一人の富豪の女性と恋に落ちるのですが、

戦争が始まり、彼は出兵し成果を上げます。
その褒美として、大学に入り、
そして何年か経ち大金持ちになって、
かつての恋人に文を出します。

しかしその文を受け取った恋人は、
ディカプリオを待ちかねて、
別の男トムと結婚する日だったのです。

ここで沢山の事柄に気付きます。

例えば、
身分証明書など無くても、
紳士としての作法があれば
上流階級として認められることです。

彼女も、そして彼女の親も、
ディカプリオを地方の貧しい出身とは思わないわけです。

アメリカでは、日本よりも階級が厳しく
例えば、出身大学によって、
ファッションや作法も異なるそうです。

日本は割と自由なので、
その分、人物による差が激しく難しいと、
ファッション関連の方の話しを聞きました。
そういった知識があると、
余計にこの映画をみて感心します。


前半のストーリーを簡単に要約すると、

地方から一人出た若者が、
女性と出会い恋に落ち、

彼女と結婚しようと、
努力を積み重ねお金を貯めました。

そして結婚しようと彼女にプロポーズしたら、
彼女は別の金持ちの男と結婚してしまった。

・・・みたいな話しなのですが、
自分(私)の人生と重なり、
なんとも悲しいです。

さらに一文無しの若者が、
軍人となり、大学に入る・・など、
現代のアメリカとも同じような状況と思います。

自由の国アメリカは、
一方では階級を上がることがいかに難しいかということです。


そして、
映画では最大の謎である、
なぜ「ギャッビー」が、
毎週末盛大なパーティーを開くのか?

その疑問が明かされます。

彼は、結婚したものの、
忘れられない彼女と再会を期待して、
様々な人達を集まる場を作っていたのです。


ギャッツビーの友人であり、
後に映画中で「The Great Gatsby」の小説を書く、
トビー・マグワイア演じるニック・キャラウェイは、

ギャッツビーが惚れる、
キャリー・マリガン演じるデイジー・ブキャナンの
いとこでした。

結局、
ニック・キャラウェイがデイジー・ブキャナンを
ギャッビーに紹介し、二人の不倫という悲しい
関係が始まってしまいます。


この映画は、
恋愛における男性心理や行動を、
最大限に誇張したストーリー。

そのように、云うことができるのではないかと感じました。


男は多かれ少なかれ、
このような、

つまり戦いに勝ち、お金をため、
貯め巣を作り、
それから告白しよう。

そんな、行動をしてしまう物なのです。

それとは対照的に、
女性心理は移ろいやすく、
そして時に残酷です。

最後に彼女は、
あんなに引かれ合った「ギャッビー」と
あっさり別れ、そして消えて行きます。

映画の最後で
それでも彼女からの電話を待つ
「ギャッツビー」の姿に、

多くの男性が自分の過去を重ね合わすことが
できるのでは無いかと感じます。


映画の後半は、

デイジー・ブキャナンを巡って、
ギャッビーと、夫(トム・ブキャナン)が
争う場面です。

トム・ブキャナンは、ギャッツビーが
地方の貧しい出身であることを暴くのですが、
唯一許せず、「ギャッツビー」は切れてしまいます。

その後で、デイジーとの関係が悪くなり、
デイジーは夫の元に返っていきます。

ココでも大切な教訓が得られます。

ひとつは、
女性の前でうろたえたり、
怒って切れたりしてはいけないこと。

もうひとつは、
真の作法というのは、
男は切れたりしないこと。
(いつも冷静・沈着が望ましい。)

ということです。


ある程度の年齢になってから、
作法を身につけさせられたギャッツビーと、

子供の頃からの紳士としての作法を身に
つけさせられたトムとの違いが
表現されているように感じました。

このように、
ファッションやディカプリオの着こなしを
観ると言うよりも、
自分と似たような男の悲しさを観てしまう映画でした。

ところでファッションと言えば、
ギャッビーとトムが言い争うシーンで、

ハーバードでの男が、そんなピンクのスーツは着ない。

というセリフがあります。

アメリカでは出身大学によってファッションも異なる。
と冒頭に書きましたが、
映画を観てそんなことも実感として涌いてきます。

それにしても、悲しい映画です。

1925年から何度も映画化されているということは、
それだけ普遍的で、
そして人々(多分男)の心を捕らえる
ストーリなのだと感じた今日の1本です。

なんとも良い映画です。


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